ブログ(【社長コラム】山と私-なれそめ編―パート1)

ハンドル握る車窓から眺める山の稜線の眩しいこと。遅咲きの八重桜の見ごろも過ぎ、視界は新しい緑に包まれて、次第にたくましさを増していく。

朝は朝、夕は夕で稜線を眺めるたびに、あの山の頂には今日も誰かが立っている。俗世間から逃れたひと時の安らぎを求めて、瞑想に浸りながら歩いているに違いない。いつか私もいくつもの谷を越えててっぺんに立ちたい。

幼いころから家の裏に藪山があり、黒い盛土の防空壕に入ったりして山野をフィールドに飛び回っていた。

家の敷地を広げるために山を削り、その斜面はいつも水がしたたり落ち、ぬめーとした苔にショウジョウバカマが咲いていた。時々父に連れられその山に登る。イワナシが群生しており、葉の下から覗いている可愛い実をいっぱい食べた。くねくねした細い山道があり、ふうふう言いながらやっとの思いで頂上に立った。山々が重なっただけの景色であったが、小さい体をここまで押し上げた自分に、訳の分からない自信と誇りを持つことが出来た。

父はイガイガのタラの木の先端の芽を見つけ、「これは栄養たっぷりでおいしいんやー」と言った。なんでこんな木の芽が?変なことを言っとるんやなと思った。

 

親父は元職業軍人で10年も上海にいて、憲兵の伍長だったそうな。宮城(きゅうじょう。今でいう皇居)で馬にまたがり、腰には日本刀、黄土色の軍服にゲートル姿の凛々しい姿で写真に納まっている。天皇陛下から菊の入った勲章もらっている。逆らうととてつもない恐ろしい人であった。

小学校の近くに鉄塔のある小高い山があり、授業中にどの先生の時か思い出せないが、鉄塔まで登らせてくれたことがあった。この時にも頂上に立った時の達成感は忘れられないものとなる。それ一回きりで、再び授業で登ることはなかった。

 

当時ど田舎の小学校には、体育館もなければプールもない、もちろん保育園も幼稚園もない。小学校へ入って初めて字を習う。それまで暗くなるまで外で遊びたい放題。膝はいつも擦り傷だらけ。田んぼの畦道をぴょんぴょん飛び、レンゲ田に飛び込み、思いっきり草のにおいを嗅いだ。秋にはイナゴを追い、目がくりくりしていて可愛かったが、もみ殻を燃やした中に突っ込み、丸ごと食べた。おいしかったか記憶がない。

又秋は親が現金稼ぎにマツタケ山を買っていたので、かごを背負いマツタケの収穫を手伝った。「面白いやろ-」と親は言ったが急な斜面を登る大変さだけが思い出として残っている。

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